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毎日牛丼を食べて毎日吉野家で働いた、というよりは入り浸っていた |
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吉野家で、初めての飲食業、初めは、「いらっしゃいませ」「有難うございました」と、ゆうのが上手く言えなくて苦労しました。やっと慣れたある日カウンターで食べている年配の男性に「顔にご飯粒付いてますよ」と「どこ」て聞かれるもんでよく見ると、いぼかなんかで、あわてて「取れました」とごまかしたり、また別の日なんかは、おあいそを終えて帰ろうとした人が醤油を持って店から出ようとしていたので「お客さんだめですよ醤油持ってちゃ」醤油を取り返して、カウンターを片付けていると、やられた七味がない、、、吉野家では注文されたものをいかに早く提供するかに燃えていたので、カウンターの中の床に水をまき滑って丼を運んでいた。ある日不覚にも滑って転んでしまった、ただ両手に持った丼は、放さずしかも中身がこぼれていない、拍手が起こった。 |
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上の写真は、昭和53年浜松へ研修 |
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九州の商業高校を卒業して東京の商社に就職した |